婆の家出…その後。

家出をした婆は職を転々としたという。

一度は見つかって、実家に連れ戻されたらしい。

だが、じきに家出をして姿をくらました。

そして三度目の家出の時、住み込みの賄婦で働いた。

それが親父が勤めていた会社の寮だった。当時、親父には妻子が居たが、普段は会社の寮に寝泊まりしていた。

あまり自宅に帰る事がなく、月に一度休暇を取って帰る程度だったらしい。

そんな親父に目をつけたのが婆である。

甲斐甲斐しく世話を焼く婆。

やがて二人は恋仲になり、親父は離婚を決意する。

そして婆は親父が既婚者であった事実を知ったという。

離縁を言い渡された嫁は家出をし、幼い子を置き去りにした。

子どもたちは途方に暮れ、長女の美代子は弟と妹を連れ、親父の会社へやってきた。

そこで婆と出会い、婆は子どもたちの面倒を見る為、親父の自宅へ行った。

およそ一年、同居生活を送った。

婆は子どもたちのため、嫁を説得して連れ戻す。

そして隙を見て家出。

この時、お腹にナオコを妊娠していた。

家出先でナオコを出産。

親父にみつかって、連れ戻される。

奇妙な共同生活になるが…再び隙を見て家出。

今度はお腹にトモコを身籠っていたが、落ち着いた先のおかみさんに指摘されて気づく。

子どものいない夫婦だったので、生まれてくる子を実子として育てると言い、婆に数十万円支払った。

今でいう百万円程の金額だという。

やがて出産の日を迎え、いよいよ明日、トモコを引き渡すという日に、親父が現れて買い戻した。

親父は妻子を捨てて婆を迎えに来たそう。

観念した婆は、ナオコと産まれたばかりのトモコを連れ、親父と行動を共にすることになった。

移動した先で生まれたのは和已ちゃんだった。

待望の男児誕生で大いに喜んだ。

だが、しばらくすると親父は婆と子どもたちを置いて出稼ぎに行く。

当面の生活費を置いて。

行先も連絡先も告げなかったというが、親父曰くメモ書きを置いて行ったという話。

この辺りが婆と親父で食い違う。

ただ、婆は飯場の人間と馴染めなかったようで、借家に住んだと聞くが、婆の言い訳によれば、幼い子が沢山いて居づらかったのだそう。

確かに婆は他人を見下したところがあるので、飯場の人間はその微妙な空気を読んで嫌っていたかもしれない。

また、異常に親父が嫉妬深く、飯場の若い衆と仲良くしていたら、焼きもちを焼くのだとか。

本当かどうかわからないが、男好きの婆ならありそうな話である。

置いてイカレタ理由とか、連絡先の行き違いは、どうも、原因はこの辺りにありそうだ。

そして約一年後、親父は様子を見に帰ってきた。

すると、見覚えのない生まれたての赤子が居て、和已ちゃんの姿はなく…病死していた。

そう、この時産まれた赤子がユキである。

ユキは見た目が亡くなった和已ちゃんにそっくりだった。

そのため疑う事のない親子なんだが、何故か親父はユキの存在を認めなかった。

そして子どもを連れて親父と共に小豆島へ渡る。

この時、お腹にいたのが私だ。

親父への恨みから、まだ胎児であった私に矛先を向ける。

やがて月足らずで、仮死状態で生まれた。

産まれて三ヶ月ほど保育器で育つ。

気管支炎を患い、病弱な私は二十歳まで生きられないかも…と言われたという。

そんな私を無理やり連れ回し、小豆島から船で本州に渡り、船を乗り継いて周参見へと移動した。

頸も座らない、生まれて半年足らずの病弱な私にとって、自殺行為である。

私が死ぬかもしれない…と考えなかったのではなく、死んだらそれまでと割り切っていたというから恐ろしい。

そう、私など、婆にしてみたら、死んでもとるに足りない事だったのだ。

こうして2~3年の月日が過ぎていく。